小耳症について(竹市夢二先生の講義ノートより)
小耳症とは
小耳症とは生まれながらに耳介が小さいか欠けている状態をいいます。
当院での小耳症の治療はコンピューターに支援された形成外科手術を関連の病院(豊田若竹病院形成外科、若葉病院形成外科など)と連携して治療を行います。
欠損の状態によって様々な分類がありますが、大まかに分けて次のように分類します。
第1度
耳の正常な形がかなり残っているもの。
上の写真では耳介のひだの一部(対耳輪)が欠損し全体的に健常側と比べ小さくなっています。
外耳道は閉鎖しています。
第2度
耳の形が一部残っているもの。
上の写真では耳介の上半分が欠損しています。耳の穴の入り口(耳甲介窩)が小さくなっています。
外耳道は閉鎖しています。
第3度
単に皮膚と軟骨が残っているのみで耳の形を成していないもの。
上の写真はピーナッツ型といい、一番多く見られるタイプです。
無耳症
耳介を欠くものです。
上の写真は顔の頬の骨の一部も欠損しており大きなしわとなっていますが、耳介はほとんど残存していません。
小耳症の症状
小耳症の症状としては
A.耳介が小さい。
B.耳の穴(外耳道)が閉鎖している。
そのため空気を通しての音の伝達ができず耳の聞こえが悪い(難聴)。
C.顔の骨の低形成。
耳が小さい側の上あごと下あごの骨が小さくなります。
などが代表的なものです。
胎児が母親のおなかの中にいるとき、耳介やあごはちょうど魚のえらに当たる第1鰓弓と第2鰓弓という部分が癒合して形成されます。
小耳症はこの第1鰓弓と第2鰓弓の癒合に何らかの障害が生じておこるものと考えられています。
顔の骨の発育が悪かったり、中耳の音を伝える部分が欠損したりするのも発生の基となる部分が同一だからです。
そのほか比較的よくみられる症状としては顔の表情を作る神経(顔面神経)の動きが弱く眉毛や口の位置が片方だけ下がっていたり眼瞼がきちんと閉じなかったりすることがあります。
他の先天的な病気と合併することも時々あり、耳だけでなく心臓など全身のチェックをする必要があります。
頻度
欧米では小耳症の発生頻度は12,500人に1人という報告(Conway&Wagner)から7,000〜8,000人に1人というデータまで報告されています。人種によって差があり日本ではこの数字よりやや多く発生するのではないかといわれています。右側の発生がやや多いですが、両方の耳に症状がでる人も10%程度あります。男女比では男性にやや多く発生します。
小耳症の人の次の世代(つまりお子さんということです)がどのくらいの頻度で小耳症になるかは家族にとって気になる問題です。現在言われているのは数%という数字です。この発生率を高いと見るか低いと見るかは個人の見解により分かれるところですが、小耳症自体は決して致命的な疾病ではありませんし、数%の発生率ということは逆に言えば90%以上は大丈夫ということです。
治療法
小耳症の根本的な治療は手術をするということです。
シリコンで作った作り物の耳をつけることは可能ですが、入れ歯と同じで頭部にいかに固定するかが問題となります。
また作り物の耳では皮膚の色調も自然光や電灯の種類によって周囲の皮膚と異なってくるし、周囲皮膚との境界部分が不自然になるなど解決すべき問題がたくさんあります。
火傷で耳が融け、周囲の皮膚も焼け爛れて利用できない人などが適応ですが、良好な皮膚が利用でき、ある程度きれいな耳が再建できる小耳症の方にはあまり適応はありません。
手術治療は16世紀以来様々な術式が試みられてきました。現在の方法は1958年にConverseが、1959年にはTanzerが発表した肋軟骨を3本使用する方法に元づいています。
Tanzerの方法は肋軟骨で耳介のフレームを作製し側頭部の皮下に埋め込み、数ヶ月後に移植した耳介フレームと皮膚を立たせて耳介後面と側頭部に植皮します。この後、耳の穴のくぼみを造る手術をします。
Tanzerはこの手術を初めは6回に分けて行っていました。皮膚も体のあちこちから取ることになり、患者さんにとっては負担がある治療でしたが、形の良い耳介ができると云うことは画期的でした。現在行われている術式は全てこのTanzerの方法から発展したものだと言っても過言ではありません。
小耳症など耳介の再建は、耳介が顔面露出部に位置するので、良好な皮膚の色や質感が求められます。Tanzerに始まる従来の術式は、いずれも大きな植皮を要することが問題でした。
小耳症などの耳介再建で重要な点は、以下の三点です。
1)耳介の輪郭がスムースで左右対称に聳立していること。
2)耳輪と対耳輪の二本の影{=舟状窩(耳の外側のみぞ)、耳甲介窩(耳の穴)}がはっきり見えること。
3)皮膚の自然な色調・質感。
解剖学的な細かなディテールも重要ですが、前記の要点をみたしていれば、通常、人はほぼ満足な耳介と認識します。
この要点のうち、前二者は主として肋軟骨のフレーム・ワークの問題であり、後の一つが皮膚再建材料の問題です。しかし前者についても充分な耳介聳立や舟状窩・耳甲介窩といった凹面まで被覆しうる広い皮膚組織量を得ることは再建材料としての大きな課題です。
現在私たちの施設では、Tissue expander(組織拡張器)というシリコンでできた風船を本来耳のあるべき所の皮膚の下に挿入し、4〜6ヶ月かけて皮膚を伸ばして耳を再建しています。ちょうど妊婦さんのお腹がふくらむように、ゆっくり皮膚を伸ばしていくわけです。この伸びた皮膚を利用するので、他の部位の犠牲が少なくてすみます。また同じところの皮膚ですので、他から持ってきた皮膚と異なり色や質感が自然です。
Tissue expanderを耳介再建に用いる利点は、皮膚の良好な質感・色調が得られることとともに、若年者の体の他の部位に侵襲を加えなくてもよい点です。側頭部の血管(浅側頭動脈)を栄養血管として利用する頭皮の膜(帽状腱膜)で軟骨フレームを覆う術式と比べても、耳の再建のために頭皮の重要な栄養血管を犠牲にすることはありません。
この浅側頭動脈は、外耳道が閉鎖して聴力障害のある患者さんに外耳道と鼓膜を再建する手術(別項にて後述します)に使用します。そのため耳介を形成する手術で浅側頭動脈(帽状腱膜を栄養する血管)を犠牲することは、その後の治療に大きな制約となります。Tissue expanderを用いる耳介形成は、この重要な血管を温存することができる大きな利点があります。
またTissue expanderという異物が入っていたことによるcapsular formation(カプセルという保護被膜の形成)により血流が補強され、切開線が少ないので周囲からの血流を阻害されない点も大きな利点です。
欠点としてexpandする期間の長さと、expanderの露出の危険性、拡張した皮膚の後戻り、頭髪の処理です。
手術は何歳でするべきか?
通常造られた耳は成長しないので子供でも大人の大きさの耳を造ります。
ですから大人の耳が作製可能な体の大きさになるまで待つ必要があります。
またあまり小さいときに手術すると成長に伴い耳の位置が変わってくる可能性がありますし、小さな体から大人の耳に必要な軟骨を採取するのは負担になります。
一方軟骨の硬さは年齢を経るごとに増し曲げにくくなるので柔らかな曲線を持つ耳介が形成されにくくなってきます。
この二つの要素を考えた妥協点が10才前後の年齢です。勿論個人差がありますので大体の目安ですが、小学校4年から5年生の間に行うのが一般的です。これくらいの年齢になると自分でも治そうという意欲が出てくるので複雑な治療もできるようになります。
手術の実際(Tissue Expanderの挿入)
手術は大きく3つの段階に分けておこないます。
もっとも一般的なⅢ度(Peanut type)の小耳症の場合、第一段階として残存耳介を後方に移動し耳垂(みみたぶ)を形成します。
その切開を利用し PMT社製Tissue expander、double chamber 容量152cc 大きさ5×6cm remote valve付きを挿入します。Ⅰ度、Ⅱ度のものでも耳介を健常耳介と同じと予想される所まで後方に移動させてから、Tissue expanderを切開線より挿入します。耳輪脚部が残存する例では、その部分は前方に移動し耳輪脚としますが、それ以外のは全て後方に移動した方がexpander後にフレームを挿入しやすく耳輪から耳輪脚部の輪郭も良好となります。
手術は1時間半程度、全身麻酔です。侵襲も少なく麻酔時間も少ないため、入院期間は短くてすみ、麻酔の影響が抜ければ退院できます。
手術の実際(肋軟骨移植)
Tissue expanderによって皮膚が充分に伸展したら、肋軟骨でできたフレームを入れます。
この手術が一番大きな手術です。
胸から肋軟骨を3本取ります。肋軟骨を取るときに、それを包んでいる軟骨膜は温存しますので軟骨は再生してきます。ですから胸に一本細い跡が残るのみで、この跡も時間が経てばあまり気にならなくなります。
ただ体質によってはケロイドになりやすい人もいます。予防接種の跡が目立つ人です。そのような人には圧迫する装具をつけてもらいます。
肋軟骨は実際の耳介の軟骨の形と同じように作ります。三次元的な形態で、耳の穴の前にある隆起(耳珠)まで造ります。